前回のコラムで紹介された初夢の謂われに関して、3つ目の説の「無事が一番」というのは面白いと思った。最近の自然災害を見るに付け、このような考えは十分説得力がある。
しかし、リスクを冒して挑戦することは、生物にとってとても重要なことだと思う。もちろん失敗は繰り返さないようにすべきだ。しかし挑戦をやめては新たな可能性をつぶしてしまうだろう。最近登録された
「ハナバチの異種間交尾の試み」(データ番号: momo060118tn01b)のオスは、次にメスとおぼしき物体に会っても、なかなか交尾ができなかったり、脚で払いのけられそうになったりしたら、早めに他のメスを探しに行くようにして欲しい。
社会においても失敗はつきものだ。
「子犬の遊び、ケンカ、「仲裁」行動」(データ番号: momo041128cf01b)では、おそらく甘噛みのつもりが強く噛んでしまったのだろう。仲間の取りなしもあって二匹はまた仲良く遊びだすが、噛んだイヌは手加減することを学んだだろう。このようにトライアル・アンド・エラーを繰り返し、矯正しながら精巧な振る舞いを獲得していくのだと思う。
ところで僕は、ひょんなことから、県の美術館で4月に行われる木工品展示会に、竹材や間伐材で作った遊具を出品することになった。僕も学生たちも遊具などを作った事はなく、完成するかどうかも不安だが、さらに怖いのは遊びに来た子供がケガをすることである。しかし学生は、「ケガするのも経験だ」と、極めてもっともなことを言って自由な発想の提案を次々と出す。そんな物わかりの良い親御さんばかりならありがたい。しかし頭の中でトライアルしてみると、どうしてもケガはさせられない。
展示会は、僕と学生と保護者の、それぞれの思惑が深層で絡み合いながら進んでいくだろう。そんな状況で無事でいられるのは、やはりすごい事だ。つまり、無事であるという事は、単に何もしない事ではなく、そのための努力の賜物であり、もっとポジティブに評価されるべきものなのだ。とか思いついても、不安は募るばかりである。
繁宮悠介(長崎総合科学大学)
2006-01-20