少し前まで目の良さを誇っていた私であるが、最近は年とともにそうも言ってられなくなってきた。一つには、ピントの追従が遅くなってきた事が挙げられる。遠くのものを見た後に、ふっと近くに目を向けた時に、ピチッと見えるようになるまで時間がかかるようになってきたのだな。コンピューターの前でどっぷりと作業した後などもうダメ。全然ついていけなくなる。この事に気がついた最初の頃は、絶対故障だー、っていうかありえない、等と思って眼医者に行っては「老化です」と鼻で笑われたりした。
もう一つが動体視力の衰えだ。春になると、クモの餌を獲るため飛んでいるハナアブを追っかけては吸虫管でピュッて捕獲しているのだけど、だんだんそれが億劫になってきた。目で追えなくなってきているのだ。これは山田太郎に習って、通過する電車から駅名を読む訓練でもしなくてはと思うのだけれども、良く考えたら私は18歳の時以来、日常的に電車に乗ることのない生活をずっと続けているので、それは叶わないのであった。
このように視覚に関して時間分解能が下ってくる事は動物の行動を観察して暮らしているものにとって致命的なのではないかと思う向きもあるかもしれないが、さにあらず。何のためにこのサイトがあるのであろうか。例えば今回もこのコラムのネタを考えながら、
「ヤエヤマシオマネキの逃避行動」(データ番号: momo070716ud01b)を眺めていて、「へー、シオマネキってのは甲羅の上縁に目を収納する溝がついているのかあ」などと思っていたら、この子がふっと穴に隠れるじゃないか。はてはて?ちゃんと収納できているのかな?と思って、隠れる瞬間をコマ送りで眺めてみたら、二本の目の収納に時間差がある事に気がついた。カニだから横に移動して穴に入るのだけれども、穴側の目が先にたたまれて、しかる後に反対側が収まるのであるな。もしこれがこの子だけじゃなく、シオマネキ全員が行なっているのだとしたら、なんて繊細な行動の制御なんでしょう、と感心したわけだ。
かように、ビデオカメラというのは私たちの視覚を拡張してくれるありがたい機器である。
で、少し古くなってしまった話で恐縮だが、去年の春ごろCASIOから最高秒1200コマで動画を撮ることのできるデジタルカメラが発売された。このクラスの高速ビデオが撮影できるカメラはこれまで数百万円していたわけで、このようなことが民生レベルのカメラで可能になるなんて、まるで夢の中で描いていた場所に突然連れてこられたようなもの。ということで、早速購入して撮った映像が
「アオスジアゲハの吸蜜」(データ番号: momo080510gs01b)と
「ゴミグモの捕食」(データ番号: momo080519co01b)(どちらも秒300コマで撮影されている。通常のビデオは秒30コマで撮影されるので10倍の高速度合だ)。前者については、映像を見てアオスジアゲハが一個一個の舌状花に口器を突っ込むために細かく頭を上下させている事に気がついて、とりあえず試し撮りのつもりだったのに、こんなこともわかるのかと大変感心した事を覚えている。動物行動学の世界では、これまで見る事のできなかったものが見られるようになる事の影響は大きい。
もうすぐ、僕らの世界が変わるよ。
中田兼介(東京経済大学)
2009-01-23