組織とか構造とか社会秩序などと大きなことを言わなくても,日常的なささいなやりとりの一断面が,むしろ,その社会の姿をあざやかに示すこともあるだろう。
「遊びと喧嘩」(データ番号: momo060406pt08a) で,マハレのチンパンジーの日常的な社会交渉の一場面を見ることができる。
西田氏による解説文をそのまま引用する。「若者と子どもが遊んでいる最中に、若者が強く噛みすぎたようで、子どもが悲鳴をあげ若者に向かっていった。子どもの後ろにはその母親らがおり、一瞬、こう着状態になる。その後、母親が子どもに毛づくろいを始め、一件落着に見えたが、若者が子どもをつつき去る。子どもはそれを追ったが、若者は枯れ木を子どもやその母親の方に投げつける。」
という場面なのであるが,ともかく見ていただくのが良い。
子どもが悲鳴をあげたので,くつろいでいた母親達が体を起こして向き直る。その重さを感じるような体の動き。大げさにくってかかる子どもと,若者の小さな防御。若者が母親達に目を向けると,母親は目を背けるように後を向く。それから,思い直したように,再び若者の方へ向き直るのだが,最短距離で振り向くのではなくて,いったん下を向きながら,迂回するように振り向く。このごく短いやりとり。相手を刺激しないためなのか,怖さがあるのか。
そして全員の動きがとまる。その静けさ。母親達にじっと見つめられながら,繰り返される若者のごく小さな顔そむけ。若者から一番遠くにいる個体(母親の後の個体)が動いたのを合図に,母親が子どもにゆっくり手を伸ばし,それに応えて子どもが体を横にするや,待っていたかのように,若者が素早く大きく動いて子ともを突く。子どもは飛び上がって追いかけるが,母親達はじっとしているようだ。
若者は,立ち去り際,小枝ではなくびっくりするほど大きな枝を投げつける。この乱暴者め。そして,母親達の小さな防御,互いに身を寄せ合って小さく集まる動き。行動の同調と同期。動作の大きさと小ささ。まったく「私達」のようだ。おばちゃんと子どもと若者と。誰か当てレコしてくれないだろうか。
藪田慎司(帝京科学大学アニマルサイエンス学科)
2008-08-24