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待つこと

キシノウエトタテグモの捕食
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「待つ」というテーマでコラムを書いてみようと思っていたところ、ちょうどぴったりの映像が新たに登録された。地面を歩いていくダンゴムシ。目立つ構造物は何もない。画面中央を通り過ぎようとしたそのとき、いきなり地面の一部が丸い板のように持ち上がり、その下の穴の中からクモが出てきてダンゴムシを鷲づかみにし、あっという間に引きづり込まれていく。(「キシノウエトタテグモの捕食」(データ番号: momo090715lt01b)

この映像、動物の「行動」という面では、巧妙な隠れ家を造ることや、絶妙のタイミングで飛び出してくることなどが面白いのだが、見方を変えれば、エサの接近をずっと待ち続けたクモの姿が浮かんでくる。考えてみると、動物は基本的に「待つ」のが得意なのではないだろうか。イライラしている動物は、あまり思いつかない。これはきっと、動物をとりまく世界では、時間通りに起こることなど滅多になく、いつ起こるか分からないものに対してイラついても、何も良いことなど無いからではないだろうか。

それに引き替え人間は、科学技術の発達とともにどんどん待てないようになっているようだ。しかも、いつ起こるか分からないものが待てない、というレベルではない。いつ起こるか分かっているのに待てないというレベルに達しつつある。信号が青に変わる前から歩き出し、電車が1,2分遅れるというアナウンスに腹を立て、バスや電車を待ちたくないから自家用車で出かけるなどだ。しかし、「待てない」というのは、動物として非常に情けないことだと思う。子供の頃は、今より待てたと思う。親と一緒に、電車やバスを待ったものだ。待ち時間は、一見無駄な時間のように見えるが、一方でそのような時間を楽しく過ごす工夫をするし、思いがけない楽しみを経験したり発見をしたりできる。なにより「待つ」ことの訓練ができる。

待つことは子育てにも大切だ。幼児を連れて散歩に出れば、子供はいろんなところで立ち止まる。大人のまねをして、何でも自分でやろうとする。それらは当然時間がかかってしまう。しかし大人はそれを待ってやらないといけない。待たないことは、子供に外界への興味を持つなと言っているようなもので、主体性を持つなと言っているようなものである。せっかちな親に育てられる子供は、いろいろな芽を摘まれてしまっているのではないだろうか。

というわけで、「待つ(待てない)」について考えてみました。
繁宮悠介(長崎総合科学大学)
2009-07-17

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