仕事で AV 機器の開発をしている。その前はペットロボットの開発だった。どちらもなくても困らない、あっても腹の足しにならないものである。こんな「遊び」のための道具をわざわざ作るのは人間だけだと思っていた。もちろん、チンパンジーが道具を使うという話は聞いたことがあったし、MOMO にも立派な映像がいくつか登録されている。でも、これは食べ物を手に入れるための道具で、遊びのためのものではない。
ところが、ニホンザルが「遊び」のための道具を作ると言う。
「ニホンザルにおける遊び道具の「製作」」(データ番号: momo050804mf01b)
「製作」と言っても木の枝を折るだけだが、わざわざ労力を費やして折り取っているには違いない。落ちている枝を偶然見つけたときに拾って遊ぶのでなく、遊びのために枝を折り取るというところに、なにか「遊びのための意思」が感じられる。
ほかのニホンザルの遊びの映像を見てみると、
「ニホンザルの集団遊び3」(データ番号: momo010930mf02b)
では木の枝を取りあいっこし、
「雪の塊で遊ぶニホンザル」(データ番号: momo050331mf01b)
では雪の塊を取りあいっこして遊んでいる。
枝も雪も周辺にいくらでも落ちていて、欲しければ拾ってくればいいと思うのだが、そういうことはしなくて、あくまでもある個体が持っている枝や雪を他の個体が欲しがり取りあいっこすることで遊びが成立している。つまり、そこらへんに落ちている枝や雪は単なるモノでしかないが、ひとつの個体が拾い上げた瞬間に「遊びの道具」という特別な意味を持つ物体に変わるわけだ。人間だって、たくさんあるボールのうち、ひとりの人が蹴ったひとつのボールをみんなで追いかけるからサッカーが成立している。モノに意味を付与する、これってとても「高等」なことだ。
拾った枝や雪でさえ特別な意味を持つのだから、わざわざ折り取った枝は遊び道具としてもっとスグレモノ、つまり、他の個体から見て是非とも欲しいもの、になっているんじゃないかとも思うのだが、最初の映像「ニホンザルにおける遊び道具の『製作』」を見直しても、もう一匹の個体はちょっと追いかけるだけで、あんまり真剣に遊んではいないようだ。折り取るだけじゃダメなのか? 葉っぱを落とすとか枝の形を整えるとかすれば、もっと上等の遊び道具になるのだろうか?
われわれ人間は遊びのためにずいぶん手のこんだ道具を作っている。何かの役に立つ道具が発達して複雑になるのは不思議ではないけれど、遊びのための道具も負けず劣らず高度に発達するのはよく考えると驚くべきことだ。私なんかはそれをメシのタネにしていて、ニホンザルに比べるとずいぶん複雑な道具を作っているのだが、複雑さを上げてもそれだけ人気のある道具になるとは限らないのが頭の痛いところだ。
井上真(MOMO運営ボランティア)
2005-08-19