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残心:行動の終わり

キジの雄のディスプレイ
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ある行動の終わりはいつなのだろう。

我が家の周りでキジのオスの大きな声が聞こえてくると春である。この声は、金属的な響きを帯びた二声からなり、二つ目の声はそれに先立つ声よりやや高い。「キジの雄のディスプレイ」(「キジの雄のディスプレイ」(データ番号: momo030519pc01b))。

この行動の終わりはいつだろう。声を出し終えた時だろうか。しかし、キジは声を出しながら、羽をばたつかせ、それは声を出し終えた後も少し続く。私も、この羽ばたきのバタバタバタッという音をよく聞いた。これも、また派手な音である。

では、羽ばたきを終えた時がこの行動の終わりなのだろうか。私はずっとそう思っていた(というよりもそうでないことを考えもしなかったから、そもそもこの行動の終わりなど疑問にも思わなかった)。私はこの行動をよく「知っていた」、それはよく「聞いていた」からである。だが、この行動をじっと「見た」ことはなかった。

映像を見て少し驚いた。声をあげ、羽ばたきを終えた後、キジの体に強い緊張が続いていたのが見て取れたからだ。彼は立ち尽くし、長い間(私にはそう思われた)遠くの一点を見つめているように見える。やがて、羽毛をふわっと膨らませ、身震いをして、やっと緊張が解ける。

撮影した石井君によれば、このような様子は常に観察されたと言う。何度も繰り返し聞いてきた彼らの声と羽音だが、それらが終わる度に、灌木の向こうで彼らは、あのように緊張に満ちた姿勢でじっと立っていたのだ。その姿を想像してみる。

「残心」という考え方が剣道にある(弓道にも同じ言葉があるらしい)。それは、技を決めた後に油断することなく、敵に心を向けつづけることを言う。仮に技が決まったとしても、「残心」が行われていなければその技は有効とは見なされない。時代劇で、戦っている両者が素早くすれ違い、その後じっと動かなくなるということがあるが、まあ、あれが「残心」だ(の誇張された姿かもしれないが)。そのうち、どちらかがばたりと倒れ、私たちはどちらが勝ったかを知るわけだが。切られた方はともかく、勝った方までじっとしているのは「残心」があるからである、と思う。それが証拠に、相手が倒れるのと同時に、その武士はやおら立ち上がり刀を鞘にしまうのである。相手が倒れるまでは、刀と体には緊張が満ちており、全神経が背後の敵に向けられているのである。敵が倒れたことを背中で確認し、やっと緊張を解く。彼の技の終わりはいつだったのだろう。敵とすれちがいざまの一刀こそが、その行動の中心だが、実はその後も技は続いているのではないか。

行動を定義するという観点から言えば、ある行動の終わりは別の行動の始まりである。このキジの場合も、体の緊張が解けると同時に横を向く。だから、この横を向くことをもって、前の行動の終わりと言えばよいわけだが、それでは何か味気ない。それよりも、声をあげようとし、声を出す、その時のキジの心を、そして声を出し終えても、なおしばらく彼の中で続いている心と緊張、その連続性を理解したいと思う。
藪田慎司(帝京科学大学)
2006-08-25

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