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むんずと掴んで考えた

アデリーペンギンの同調潜水行動
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15年ぶりに南極に来ている。南極といっても初夏で比較的低緯度(南緯62°)なので、それほど寒くはない。いまはKing George島にある韓国世宗基地にいる。だから毎日キムチをくっている。野外調査時の昼食の弁当は毎日海苔巻きだ。おにぎりみたいなものか。それに辛ラーメンがついたりつかなかったり。調査はペンギンにデータロガーを装着して潜水記録を取得して採餌生態を明らかにするために行なっている。対象としているペンギンはジェンツーペンギンとアゴヒゲペンギンの2種で、これらは同所的に生息している同属のペンギンなので、これらの生態的隔離がどうなっているのかという問題は興味深いもののひとつである。

ロガーを装着して回収するためにはそのたびにペンギンを捕獲しなければならない。アゴヒゲペンギンの捕獲はとてつもなく簡単で、巣にいる個体につかつかつかと近づいていって、ぎゃあぎゃあ鳴きながらくちばしでつつこうとするのを無視してむんずと掴めばそれでしまいである。なんぼでも捕まえられる。いいのか、というくらい。世に言う「鷺とり」状態である。つまり、人間の接近に対して逃避しないのだな(これは巣で繁殖中の個体についてで、非繁殖個体はやはり逃げる)。それに対してジェンツーペンギンは臆病で、人間が近づくとすぐに逃げる。巣で繁殖中の個体でも、まだ小さい雛を放ってすたこら巣から離れて逃げ出してしまうやつも多い。ひとでなしである(ひとじゃないけど)。もっとも、すたこら逃げたところで連中は飛ばないし、短い足をフル回転させて走っても必ず足をもつれさせて転ぶので、そこでたも網をえいやとかぶせればそれで捕まる。やはり簡単である。

しかし、この2種のペンギンのヒトへの対応の違いというのは何なのだろうか。同属の種間の性格の違いというのは調べれば面白いとおもうのだが、誰かしないかな。私の予想では、何かモノアミン系のそれっぽい神経伝達物質の受容体を支配している遺伝子配列の繰り返しが、アゴヒゲペンギンではジェンツーペンギンの数倍になっているに違いないのだが(ちなみにもうひとつの同属であるアデリーペンギンの臆病さは、ジェンツーとアゴヒゲの中間くらい。だからこいつの繰り返し配列数も中間に違いない。知らないけど)。

そういえば、こういう、個体の性格とか行動と神経伝達物質の関係とか、15年前はあまり話題でなかった。考えてみると15年という歳月は結構長い。15年前に生まれたひとはもうすぐ高校生か。○○ちゃん、大きくなったねえ、というやつだ。15年前といまと大きく違うことは何だろう。インターネットはそのひとつか。このおかげでMOMOが運営できているし、このコラムを南極から載せることもできる。インターネットのない生活はちょと考えにくい。あとは携帯電話かな。私はいまだに持ってないけど(いや、正確には持っているのだが、GPS機能をアライグマの洗い場調査に利用しようとしてアライグマに装着したら、そのままどっかに洗いにでたままである。電話しても洗濯中なのか誰もでない。もっとも「もしもし、こちらアライグマ」とかでたらそれはそれでどうしようかとおもう。びっくりしてあわてて「たらいぐまさんですか」とかいいそう)。それにデジタルカメラもデジタルビデオもほとんど普及していなかった。考えてみればIT関連技術の展開はそれ以降のことなのね。そもそも私が初めての自分のパソコンとしてMacintosh IIsiを買ったのは、この調査の直後のことだった。

15年前の調査は私が博士課程の1年のときのことだ。場所は、ここと同じ南シェトランド諸島にあるSeal島というところだった。あの頃はなんだかよくわからずに(まあいまでもよくわかってないが)、アメリカ人5人しかいないフィールドにいきなり放り込まれて、初めての野外調査を4週間行なった。いろいろ見たはずだけど、いまから思えばほかのことに目をやる余裕はなかったようで、たとえばトウゾクカモメが2羽で協力してペンギンの雛を引きずり出すのは今回初めて見た。2羽のトウゾクカモメがペンギンの雛を取り合っている写真は撮っていたのだが、あれは協力者同士だったのだな。サヤハシチドリがペンギンの糞をくっているのも今回初めて見た。15年前の調査でもたくさんこの鳥は見ていたのに、そんな場面は目にしなかった。こころそこにあらざりき(活用あってますか)ということか。

前回の調査時は、木造の小屋に寝袋で寝泊りしていた。寝ていると結露した水分が天井から耳に落ちてきてびっくりしたりした。窓のない汲み取り式のトイレでろうそくに火を点して用を足した(しかし、汲み取り式というのは汲み取るから汲み取りなのだが、果たしてあれはあとで汲み取ったのかしらん)。風呂もシャワーもなかった。今回はちゃんとした部屋で布団にくるまって驚くことなく寝られる。トイレは水洗で温水洗浄便座だ。シャワーも使える。えらい違いだ。

しかし、野外調査の実態はほとんど変わっていない。ペンギンをむんずと掴まえると、やつらはほぼ確実に糞または尿を排泄する。糞はえさのオキアミのせいで紅く、尿は尿酸のため白い(こんなところで紅白歌合戦)。ロガーの装着のための捕獲時には白い排泄が多く、回収のための捕獲時には赤い排泄が多いような気がして、これはこれで面白そうな現象だが、それはさておき、この排泄の勢いがまたよいのだ。手袋をしていると細かい作業がしにくいので外していることも多いのだが、素手を寒気にさらしてペンギンを掴まえて押さえているときゅうに温かいものが手にぴしゃんとかかったりして、これは一瞬「あーあったかい」とありがたいのだが、すぐにその正体に気づいて少々げんなりする。また、これまたペンギンを押さえつけていると、糞や尿、泥などでべちゃべちゃになっている尾羽で顔をなでられたりして、泣きそうになる(泣かないけど。でもかなり泣きそうになる)。これは15年前もいまも同じだ。

前回調査に来たとき、またすぐに来る機会があるだろうと漠然と思いながら15年経ってしまった。まさかこんなにかかるとはなあ。将来どうなるかなんてその頃あんまり考えなかったけど、まさかこうなるとはなあ(いや、反省すべき点はあるけど後悔してるわけじゃないからいいのだが)。私は、おそらくモノアミン系のそれっぽい神経伝達物質の受容体遺伝子の繰り返し配列数が標準的なひととちがっているのか、月日の流れや日々の生活感覚に対して鈍感なところがある。ときどき、もう少しその手のことに敏感でもいいような気がして、そうであればまた違う人生だったろうなと思ったりするのだが、まあそういう歳のとり方もいいかと思わないでもない。

さて、きょうはこれからロガーの回収である。つまりは紅くなるということだ。

*映像は、データロガーでの潜水行動の研究例「アデリーペンギンの同調潜水行動」(データ番号: momo030605pa01a)
森貴久(帝京科学大学)
2006-12-29

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