車を運転していて、渋滞する流れに割り込ませてもらったときなど、ハザードランプを数回点滅させて「ありがとう」のサインを送る事がある。ドリカムではないので注意だ。で、以前から私は、このようなシチュエーションのためにリアガラスに、自由に文字を表示できる電光掲示板を設置しておけば良いのじゃないかと思っていた。「お先にどうぞ」とかメッセージをプリセットしておけば走り屋に煽られても安心。二台で連れだって走っているときも車間コミュニケーションに便利だ(携帯使えばいいんだけどさ)。しかし、現実にはそんな装置の付いた車なんて見た事ない。こ、こ、これってビジネスチャンスなのでわ?いち早く商品化したら大儲けできるのでわ???
ところが、世の中そんな上手い話がそうそう転がっているわけがない。データベーススタッフの西さんから、「その手の光る装置をつけるのは、道路運送車両の保安基準に違反している」との指摘を受けたのである(
http://www.navi.go.jp/images/info/pdf/05/Shinsajimukitei_05_082.pdf)。そんな車がないのにはれっきとした理由があったわけだ。良いアイデアだと思ったのになあ。ツートン以下のハザードと比べて、表意文字がどれほど豊かに伝える事ができようか。いやまてよ、光らせなきゃいいのか。反射型液晶でわ?
そんな今日の動画は、
「スジコウイカの求愛」(データ番号: momo040111un01b)と
「ボウズコウイカの産卵&求愛(?)」(データ番号: momo040127se01b)。いずれもイカの求愛が映っている。イカの体には色素を含んだ細胞がたくさんあって、筋繊維がこれを伸び縮みさせる事で瞬時に体色を変える事ができる。一部のイカでは、この能力を求愛に使う。体の表面に浮かび上がったパターンでコミュニケーションするというわけだ。ブレーキランプよりよほど気が利いていると思うがどうか。
この筋繊維は当然ながら神経のコントロールを受けている。で、ここからは単なる夢想なのであるが、もし個々の色素細胞レベルで微細なコントロールができるのであれば、それはもうテレビやコンピュータのディスプレイと同じであって、思い通りに体に絵や文字やらを写しだすことができそうだ。もちろんそんなイカはまだ見つかっていないし、今後も見つけられるのは多分SF小説の中だけだろう(あれはクラークの「海底牧場」だったっけ?)。
しかし、私は時々、もしそんなイカがいたら、そのコミュニケーションのあり方はいったいどんなもんなんだろうと想像に耽る事がある。何百万もの画素を自分の思いのままに操って行うコミュニケーション。これくらい豊かになったら、誤解なんて全く生じなくなるのだろうか?それとも、受け取る側が膨大な情報量を処理できなくて、逆に誤解が生じまくったりするのだろうか?
ひょっとして、車に電光掲示板装置を載せられないのも、運転手の注意がそれるのが原因で起こる事故を防ぐためなのか。液晶でもあかんやん。。。
中田兼介(東京経済大)
2008-01-18