動物達が遊ぶ時,攻撃的な行動が行われることがしばしばある。口を開けて咬み付こうとする行動,体当たり,相手の上に乗って押さえ込もうとするような行動,攻撃的な声(例えばうなり声のような)等々。ヒトの飲み会の席でも,いい年した大学生の男の子が,居酒屋の2階の畳の上で取っ組み合いをしたりする。
でもこれはケンカではなくて遊びである。なぜなら,それが「本気」ではないからだ。「うそ気」なのである。
とはいえ,歯を剥き出して噛み付くそぶりを見せたり,四の字固めを書けたりすることが明らかに平和的で友好的な行動,というわけではない。それはずいぶんと乱暴な行動である。もしかしたら,こいつケンカ売ってんのか,と相手に誤解されてしまうかもしれない。そうならないようにせねばならない。
というわけで,そのための信号行動というのが動物界にはあるらしく,それらはプレイシグナルと言われている。例えば,霊長類で見られるプレイフェイスという行動がある。
「ニホンザルの集団遊び3」(データ番号: momo010930mf02b)では,2頭の子ザルが追いかけっこをしている。解説文の一部を紹介すると「枝を持った個体が追いかけられている。追い掛ける個体が追い掛けるのをやめると、枝を持った個体は逃げるのをやめ、追い掛ける側の個体を見つめる。それでも追いかけてこないと、自ら近付く。」とある。ここで注目なのは「自ら近付く」行動である。最初のそれは映像開始24秒のところにある。枝を持った子ザルが,追いかけてこない相手めがけて,隣の木から飛び移ってくるのである。この時,跳んで来た子ザルは相手にぶつかるほど接近する。いや,ほんとにぶつかっている。ぶつけられた方の体が,ガクッとゆれる。この時,よく見ると,跳んで来た子ザルは口を大きく開けている。これである。
プレイシグナルの意味を翻訳するとすれば,たぶん「これは遊びだよ(ケンカじゃないよ)」になると思う。乱暴で攻撃的なことするけど,本気じゃないよ,というわけだ。体当たりするけど(したけど),ケンカしたいわけじゃないよ,遊びたいんだ。
遊びが遊びとして成り立つには,参加者皆が,それが遊びであるという認識を共有していなければいけない。これが遊びだという共通認識の中には,しばしば,これは本気ではない,「うそ気」だという認識が含まれる。それを取り違えている者がいると,遊びは危機に面する。遊びは,それが境界を面しているもっと「本気」な行動,それはケンカかもしれない,に雪崩落ちるかもしれない。
この前,この大学の周りで雪がふった。当然のように若いヒトの間では雪合戦という行動が観察されたわけだが,よく考えたら,何かを投げつけてぶつける,というのはずいぶん乱暴な行動である。もし,それが雪玉でなくて,石だったら,それは怖い。雪玉だからこそ,投げつける行為が,「本気」の攻撃でないと誰にとっても明らかになるわけだ。雪玉を使うことで,雪合戦はずいぶん遊びとして安定なものになっている(壊れにくくなっている)のだと思う。
雪玉を使うことは,いま行っている行動が本気の攻撃ではなくて遊びであることを明確に示している。これと同じ機能を果たすのが,プレイシグナルだと考えられる。では,ヒトのプレイシグナルは何なのか,たぶん一つは笑い顔だと思う。居酒屋で取っ組み合っている男の子は,両方ともよく笑っている。周りの者も,それで,安心する。これがだんだん両者から(あるいは片方から)笑いが消えて来たら。そりゃ止めに入ります。
藪田慎司(帝京科学大学アニマルサイエンス学科)
2008-03-28