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蛸を愛した人

遊泳している孵化したミズダコの稚仔
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その人は突然やって来た。研究室のドアが開き、実験所の所員のあとに続いて、大柄な身体をかがめて手のひらを顔の前にちょっと立てながら(「すんません、ちょっと前通らしてや〜」てな時にオッサンがやるジェスチャー)入ってきた。アフリカ育ちのカナダ人。それが彼女、ロビンだった。
自己紹介したら、私と同じ大学の学部に所属していたということが分かり、「○○さんのことは知ってる?」「知ってる!最近結婚したよ!」とたちまち大盛り上がり。明るく気さくな性格で、彼女はあっと言う間に実験所になじんでしまった。

研究の話をすると、当時の実験所に来る人間にしては珍しく、タコの行動を研究していたとのこと。私はカニの行動を研究していたので、彼女の話はとても興味深く、タコのことを根掘り葉掘り訊いたことをよく覚えている。嬉しそうに熱くタコのことを語る姿に惹きつけられ、いつの間にか私も椅子から身を乗り出していた。養殖場のいけすの決まったところにおこぼれの餌を取りに来ること、タコの子供を孵化させたときのこと、、、これはさっそくデータベースに映像を登録してもらわねばと思い、編集させてもらったのがこれ「遊泳している孵化したミズダコの稚仔」(データ番号: momo050301ed01b)だった。

彼女の話の中で1番印象的だったのが、タコの記憶に関するものだった。実験に使うタコを長期間研究室で飼っていたのだけど、ある時仕事で1ヶ月ほど留守にしたことがあった。久しぶりにそのタコに会うと、なんと自分の顔を覚えていたらしい。私が「覚えていた、っていうのはどうやったら分かるの??」といぶかしげに訊くと、他の人が近づいた時と明らかに反応が違っていたのだと、自信たっぷりな答えが返ってきた。餌を入れた瓶を与えると、蓋を開けて食べてしまうぐらいの知能がタコにはある。だけど1ヶ月も記憶が持続するというのは大きな驚きであった。

この話を、私が受け持っている大学の講義の中で紹介したら、「そんなアホな」と言わんばかりにちょこっと笑い声が起きてしまった。でも、よくペットの飼い主に見られる「親バカ発言」のたぐいだとは思えないのだ。だって、研究者は得てして、客観性を重んじ、理屈っぽく疑り深い目で物事を見るものだから。

でも、今は本人に訊くすべもない。このあいだ、彼女はバイクの事故で突然亡くなってしまった。棺の中に眠る彼女の姿を見たのに、信じたくない気持ちが勝ってしまうのか、「さとちゃ〜ん!」と言いながら、ひょっこり現れそうな気がしてしまう。そのくせ涙が出てきてしまう。

ロビン、楽しい思い出をいっぱいありがとう。
佐藤路子(大阪市自然史博外来研究員)
2007-12-28

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