島根県の津和野に、鷺舞という踊りがある。「七月の二十日と二十七日の弥栄神社の例祭に、町内の決められた場所で舞う」のだそうだ。その映像を津和野観光協会のHPで見ることが出来る(http://www.iwami.or.jp/tsuwanok/sagimai/sagimai.htm)。夏の蝉時雨の中、ゆっくりと舞う白い鷺の様子が懐かしい。
この踊りは、もとは京都から伝えられたという。ならば、最初に鷺舞を考案した人が鷺を見たとすれば、きっと鴨川であっただろう。そして、それはこんな光景だったかもしれない。
「鷺の舞 (コサギの採餌行動)」(データ番号: momo051010eg01b)。この映像は、まさにその鴨川での撮影だ。
本当は獲物の魚を追いかける行動と思われる。しかし、私たち人から見ると、やはりそれは舞に見える。
同じ鴨川で大学の生物学実習をしたとき、一人の文系の男子学生が「サギがダンスをしていた」とうれしそうに報告してきたことがある。彼は、鷺が何をしているかわからなかったけれども、彼の知っている言葉でこの動きをもっともよく表現するのは、ダンス、だったのである。私も彼の見立てに賛成だ。
その特徴は首にあると私は思う。首が動かないのである。特に羽を広げている時に動かない。鷺は、常に首をしゃんと伸ばし、ほとんど真っ正面を見据えるようにして、川面で優雅に跳ね回る。もし、方向転換をする際、先立って顔の向きが大きく変わったり、首が前方や側方へ伸びたりすれば、学生も鷺が何かを追いかけていることに気がついただろう。
人ならば、体と顔が独立して動き、私たちは顔の向きから目標物の存在を知る。しかし、鷺では、顔と首は胴体に固定されたかのように動かない。だから、彼等の動きには、何ら目標がないように見える。
広げた羽と、大げさに振り上げられる脚は、胴体の上で静止した首によって、いっそう引き立ってみえる。ダンスで重要なのは、逆説的だが、体をいかに動かさないかだと思う。きちっと止まらない動きはだらしなく、動かすべき部位は静止している他の部位があってこそ際立つ。
鷺の首がふらふら動いたら、美しくないだろう。目標を懸命に追尾したら、合目的的なつまらない行動に見えるだろう。踊りの所作は、日常の動きと離れているからこそ美しい。その意味では、この静止した長い首は、美しい。鷺の行動が私たち人にとって舞に見えるのは、たぶん、そのせいだろう。
藪田慎司(帝京科学大学アニマルサイエンス学科)
2006-01-06