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あなたに出会わなくて、よかった

眼前を通り行くツキノワグマ
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自転車の荷台にテントや寝袋、炊事用具を積んで全国を旅する事、それが私の大学時代の趣味でした。
自転車ツーリングの魅力の1つは自分の力でここまで来たんだという達成感でしょうか。海沿いの平坦な道路を高速でひた走るのも気持ちのいいものですが、体力のあった当時は泥まみれ汗まみれになりながら、あえて舗装もしていないような林道をえっちらおっちらと登ったり降りたりするのが好きでした。

山の中を走っているあいだは開けた場所を通る事もあまりないので、ひたすら走る事だけに集中しているのですが、ふっとペダルを止めるきっかけを与えてくれるのが、野生動物たちとの出会いでした。
エゾシカの群れが木々を巧みによけながら斜面を駆け降りる迫力に目が釘付けになったり、左手の崖の上から右手の林の中へ大きな動物がポーンと飛んで行ったのをよく見たらニホンカモシカだったり、ブヒブヒという声が聞こえてきたかと思ったら道のかたわらに怪我したイノシシの子供がうずくまっていたり、、、
こんな出会いがあったときは日記へまっさきにその様子をつづったものです。

しかしこんな私でもたった1つ出会いたくない動物がいました。クマです。「眼前を通り行くツキノワグマ」(データ番号: momo061124ut01b)
「あぁ、昨日ね、そこのコンビニを曲がっていったよ」と、どこぞの飼い犬かのように話す肝の据わったおじさんなどもいますが、爪の生えたごつい手(脚)がブンと飛んできて、その一撃だけで人間は死んでしまうのだとか、崖や林道を車並みのスピードで走れるのだとかいうのを聞くと、怖くて怖くて、とにかく私にとってクマは恐怖の存在でしかありませんでした。こんな風に出会ったら、きっと私なら固まってしまってビデオを回す事なんてできなかったでしょう。冷静な撮影者の方にただただ感服です。

さてその時、私は北海道にある道東林道を先輩2人に連れられて走っていました。一番ご利益があるような気がして選んだ一番大きなクマよけの鈴をハンドルに付けて、、、
北海道のこのあたりはヒグマがよく出るという噂を聞いていたので、出発した時は緊張していて、ガサッという音や物陰にいちいちパッと振り返っていました。でもきつい坂道の連続でいつしかペダルを一所懸命踏み込む事しか頭になくなってしまっていたようです。
どれぐらい走ったでしょうか、疲れたのでちょっと休憩しようかということになった時、先輩がおもむろにこんな事を告白しました。
「実はな、さっき、すぐそばにクマがいた。みんながパニックにならないように黙ってた。姿は見てないけど、ものすごい匂いがした。たぶんあの草むらのなかに隠れていたはず」
クマは動物園を凝縮したような匂いがすると聞いていたのに、それがわからなかったなんて。愕然としました。
怖いと書いておいてこう言うのもなんですが、クマは元来臆病です。クマは人間が怖いので、人間の気配を感じるとサッとどこかに身を隠してしまいます。クマが人間に気付かないでばったり会うとびっくりして人間を襲ってしまったりするので、人間の存在を知らしめるために鈴を鳴らしたり、ラジオをつけたりするのが事故予防になります。
大きな鈴のご利益はあったようです。鉢合わせしなかったことに感謝しました。

それからというもの、さらに予防策に気合いが入る私でしたが、クマが冬眠する冬は安心してクロスカントリースキーなんぞをしていました。
寒そうな丸裸の木々が立っている真っ白な道東の森の中で曲がりくねった道をすべっている時でした。キンキンに冷えた空気もおいしいものだなと大きく息を吸い込んだ瞬間、横から動物園の匂いがムンと、、、。体が一瞬スッと冷たくなって、すぐに熱い体温の波が返ってきました。私1人、身1つ。足がもつれてしまいそうになったのはいうまでもありません。

鈴にすがることはできませんでしたが、今ここにコラムを書いている私がいるということは無事だったということです。

あなたに出会わなくて、本当によかった。
佐藤路子(大阪市立自然史博外来研究員)
2006-12-08

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